登山の下りは脚への負担が大きいので工夫して歩くコツ
本当に過酷なのは登りではなく下り山を登ったときと、下ったときはどちらが疲れるか。 多くの人は登りだと答えるはずだ。だが、実は下りの疲労のほうが、登りよりもずっと激しいのである。登りの疲労は心肺によるところが大きい。心臓がドキドキして、顔が真っ赤になり、汗をかく。これらは、心肺の機能以上の運動をしたために起き、適切な休憩を挟めば、ある程度は回復できる疲労だ。ところが下りでの疲労は蓄積型で、休憩を挟んでも、なかなか回復はしない。なぜなら、この疲労は筋肉が傷つくことにほかならないからだ。
登山のときにもっとも重要な働きをするのは、太腿の前面にある大腿四頭筋という筋肉。登りでは、この筋肉は縮みながら力を発揮する。これをコンセントリックな収縮と呼ぶ。逆に下りでは、引き伸ばされながら力を発揮する。エキセントリック収縮だ。
と、ここで筋肉のひとつの特徴を理解してほしい。筋肉の中に筋線維という組織があり、これは100%の力発揮しかできない。たとえば、モノを持って腕を曲げた(コンセントリック収縮)とき、5本の筋線維が力を発揮したとする。では、次に腕を伸ばしたとき(エキセントリック収縮)にはどんなことが起きるのか。5本の筋線維が力を発揮していると腕は曲がったままだから、1本が休んで他の4本が力を発揮して腕を伸ばすのだ。このようなエキセントリック収縮、つまり下りでの筋肉の力発揮では、より少ない筋繊維が大きな力発揮をするために壊れやすい。 筋肉が壊れるとCPK(クレアチンリン酸キナーゼ)という物質が血中に流れ込むが、1000m下ったときと登ったときを比べると、下ったときのほうがCPKの血中濃度はとてつもなく増えている。
ただ、筋肉が壊れることは決して悪いことだけではない。一度壊れた筋肉は、壊れたとき以上に強く修復されるのだ。つまり、筋肉の損傷、回復を繰り返せばどんどんと強くなっていくというわけ。簡単な低い山から難しい高い山へと移行していけるようになるのだ。しかし、ひとつ注意してほしいことがある。それは下っている途中で筋肉が痛み始めないようにすること。転倒や滑落といった事故は圧倒的に下りが多いのである。 そのために重要なのが、山選びと、筋肉疲労を軽減するための歩き方を覚えること。痛みで脚が言うことを聞かなくなる状態に陥らないようにしてほしい。
下りは安全第一主義で
のんびり下りはじめることをすすめたい。 雨だったら、足元に注意を払いながら一歩一歩確実に下るということが必要だが、晴れていても、そういうペースでゆっくり歩いて下れば、下りの歩き方で起こるヒザや腰の障害を防ぐことになる。
ちなみに、下りで滑りそうでこわいときには、たいてい腰が後ろに引けている。その解決方法は簡単で、スキーの直滑降と同じ前傾姿勢をとればいい。 山道の自然の凹凸に階段をイメージして、その先端に軸足を置いてから、グッと前傾して反対の足を前に振り出し、重心を下げながらつま先で探って着地する。こうすると結果として着地が地面とフラットになるので、滑りにくいうえに、着地してから次の重心移動がされるので安定する。
どうしても直滑降の姿勢を維持できないところは斜面が実力を越えているのだから、その部分は安全第一で、後ろ向きになり、登りの逆モーションでゆっくりと下る勇気が必要になる。そこのところで、中途半端に体を斜めにしてごまかしたりしないことだ。 しかしそれも、石の頭や土のわずかなえぐれをうまくステップに利用すれば簡単に歩ける、というコツがわかると、あっけなく解決する。 もし足さばきが混乱してきたら、綱渡りをしているような気持ちになって、ゆっくり下ってみていただきたい。まちがっても平地での健康ウォーキングのように、カカトから着地しないことだ。
下りで疲労を軽減しながら歩く技術とは
下りでは、エキセントリック収縮以外にも脚の疲労を高める要因がある。それが、ブレーキをかける動作だ。 片側の脚が伸びながら力を発揮したとき、伸ばして前に出した逆側の脚は、着地でブレーキをかける際に地面からの衝撃を受ける。左右の脚がエキセントリック収縮と、ブレーキによる衝撃を交互に受けることで疲労していく。
ではどうすれば、大腿四頭筋の疲労を軽減できるのか。まずエキセントリックな収縮がなければ下ることはできないので、これは必然。だから、ブレーキ時にかかる衝撃を緩和することで疲労軽減を狙うのだ。そのためにはまずソロリと動く。重力に従い、脚を伸ばしたままドンッと下ろせば、それだけ強い衝撃を受ける。ソロリと足を地面に乗せ、膝で衝撃を緩和するほうがよい。
また、段差を小さくして下るのもひとつの手。歩幅を小さくして、少しずつ下れば衝撃も少なくなる。さらに、ストックなどを使い、体重を腕に分散させるのもよい方法だ。ただ、ストックさえ持てば脚の疲労を軽減できるという考えは間違い。技術を習得しないで使い方を誤れば、疲れの軽減どころか、ケガに繋がってしまう場合もある。またある程度の腕力がなければ使いこなせない。
そして、これが一番重要なことかもしれないが、荷物の量を減らす。空身で下るのと、10kgの荷物を背負って下るのとどちらが楽かは考えなくてもわかる。荷物分の重さが地面の反発力によって脚にかかってくるのである。ただ、これは荷物に限ったことではない。 体重も同じ。痩せた人より太った人は脚にかかる負担が大きくなる。 ただ、登山を繰り返すうちに痩せられるのも確かだから、まずは楽な山から始めて体重を減らしていこう。また、このような人は、急な下りコースではなく緩い迂回コースを選んで下るのがよい。
「つま先着地」と「深い前傾姿勢」
登りは筋力をできるだけ使わないように、下りは積極的に筋力を使うように歩くのがいいと考えている。常識に逆らわない言い方をすれば、登りはパワー、下りはバランスだから、むしろ積極的なバランスには筋力が必要、と強調しておきたいのだ。下りの足運びの基本を「つま先着地」と「深めの前傾姿勢」としているが、最大傾斜線に向かって、どこまでその姿勢で歩き続けられるか、を下りの能力と見ることにしている。 その姿勢を維持できなくなったときに、初めて立木でもクサリでも岩でも、利用すべきものは大いに利用して、安全第一として行動する。それも立ち行かなくなったときには登りの姿勢をとって三点支持を厳密に守りながら登りの逆モーションで下っていく。
ダブルストックなのだが、スキーでいえば直滑降の姿勢で下れる領域を拡大する。つまり体をよじったり、両手を存分に使うといった危険回避手段を使わずに、下れる領域を広げる道具と位置づけている。 まず「段差の先端に立って」という。それから「ストックを二本そろえて三歩先へ突いて」としたあと、「ストックに体重をかけてまっすぐ下へ」と指導する。軸足のひざを曲げて重心を下げていくのだが、筋力的にきつくなったところで、振り出していた足のつま先から着地する。
下りのかかと着地は絶対いけない
下りでは一般にいわれるような「かかと着地」は厳禁したい。なぜならいかなる場合でも、かかと着地の瞬間にひざは伸びているので、衝撃があるとそれがひざにきてしまう。長い急坂の下りでひざをガタガタにしてしまうのは、ほとんどがかかと着地によるものだ。
なぜ、かかと着地になるのかというと、ひとつは登山系の靴を履いている場合、足首が包まれているので、力がないとつま先を下げられない。その結果としてかかと着地になる。ベテラン登山者をよく見ていると、着地の瞬間につま先を下げて、斜面にフラットな着地をしている。初心者がしばしば見過ごしている重要ポイントだ。靴底の柔らかい運動靴では、もう少し積極的に「つま先立ち」で着地すると、つま先で微妙な凹凸をとらえることができ、また重心がきちんと指の付け根にきているので驚くほど滑らない。靴底の形状は滑る滑らないにはほとんど関係ないことがすぐにわかる。
かかと着地にはもっとまずいことがある。真横から見るとわかるのだが、着地の瞬間に(後ろに残された)軸足にあった重心が前方へと移動しつつ、かつ落下していく。斜めの斜面に、斜め上から加速度をつけられたように落ちていく重心を、かかとが一点で受け止めることになる。 もし、かかとの食い込みをミスったら、転ぶしかなくなってしまう。
その一発主義が恐いと考えると、重心は軸足に最後まで残ることになり、へっぴり腰になる。頭が安全を願いつつ、体は斜面に対してどんどん滑りやすい角度になっていく。 ではどうすればいいのか。 前傾姿勢という意識によって重心はかかとから親指の付け根に移ってくる。そして軸足に重心を置きながら筋力で体を沈めていく。これはかなりの力業だが、ひざまわりの筋肉をゆっくりと鍛える最上の方法と考えている。 そして、ダブルストックは、この段差を大きくとるサポートに驚くほど効果的なのだ。
下りでの歩き方のコツ
山歩きのケガは足の疲れや、ちょっとした油断から起こることが多い。 下りでも決して慌てずに、無事に下山できるようにゆっくり歩こう。下りで歩くのが苦手です。なにかコツはありますか
山登りを始めたばかりの人の話を聞くと、下りか苦手だという人がとても多い。その理由として、ヒザを痛めてしまう、足場の悪いところで転んでしまう、ペース配分が分からない、など理由はさまざまである。しかし、下りに対して苦手意識を持たないでもらいたい。上りと同様にほんの少しの意識と工夫で、楽に歩けるように改善できるのだから。
基本は、常にゆっくり歩くことである。下りではつい勢いに任せて雑な歩き方になりがちだが、姿勢をただしながら落ち着いて一歩ずつ歩いていくことが一番である。そのためにも、時間に余裕のある山行計画が必要となる。たとえ、予定していたコースタイムよりも遅れてしまっても、慌てずに下山できるようにしよう。
基本姿勢
腰が引けてしまったり重心が後ろになりがちになり、足を滑らせてしまうことが多い。重心は常に体の真ん中にあることを意識して、ゆっくりと前の足へ重心を移動するようにする
1体の軸をまっすぐに
2つま先から下りる
3ヒザを曲げてクッションを使う
とにかくゆっくり歩こう
上りとは違い、下りではつい歩くペースが速くなってしまう。重力に身を任せてしまうと、体はどんどん前へと向かってしまい、足はどんどん先へと進んでしまう。その結果、ヒザを痛めてしまったり、転倒してしまう原因にもなる。体の重心を意識して、ほんの少し重力に抵抗するイメージで、重心をゆっくりとついた前足のほうへと移動していくことがポイントである。難しく考えずに、ただゆっくりと歩くことで自然とできるようになる
段差の少ないルートを選ぼう
段差のない下り坂では、どんどん勢いがついてしまい、スピードを抑えるために無理に足を踏ん張ると、つま先を痛めてしまったり足に負担がかかってしまう。そんなときは、まっすぐ歩くのではなく、斜めに進み、蛇行しながら歩くとよい。足の向きを斜面に対して横に向けることができるので、歩幅も小さくすることができ、より地面と平行に足を着地させることができる。スキーでプルークポーゲンをするように、スピードを抑えながらゆっくりと歩いていける
Q足場の悪いところで安全に進む方法はありますか?
登山道の途中に、岩がゴロゴロしているような足場の悪いところはよくある。また、富士山のような足がどんどんとられてしまうザレ場も、ときには現れる。そんな場所を安全に通り抜ける方法は、やはり慎重にゆっくりと、足のつき場を考えながら歩くことが一番である。浮石とよばれる、少し力を加えるだけで転がってしまう岩の上に足を置いてしまわないように、足元を確認しながら一歩を踏み出そう。足場をしっかりと確保してから重心を移動していくとよい。このような岩場では足元も見ながら、上からの落石があるかもしれないので、顔はあげて注意して歩くようにしよう。
途中足が疲れてしまった。なにか対策はある?
下りでは、歩き続けたうえに常にスピードを抑えるように足を踏ん張りながら歩いているため、足の疲労をより感じることとなる。そんなときの対処法としては、ストレッチを、休憩中に行うことの他、足の使い方を工夫してみると楽になったりする。それは、単に体の方向を変えてみたり、大きな段差では前になる足をしっかりとついてから、ゆっくりと重心を移動したりと、それだけで足の疲れが変わるので試してみてほしい。歩きながら、自分なりにラクになる方法を見つけてみよう
行動中に行動食はどれくらい食べればいい
行動食は空腹や疲れを感じる前に少しずつ食べることが基本。お腹が減ったと感じたときは、すでにハンガーノックと呼ばれる一種の栄養失調状態になっている。通称シャリバテとも言われるこの状態になると、体が思うように動かなくなってしまい、ときには衰弱して危険なこともあるので要注意。ただし、一度にたくさんの量を食べすぎると胃に血液が集まって、消化にエネルギーが使われるので、少しずつ分けて食べることもポイント。栄養補給は1時間に1回を目安に、体の中に常にエネルギーがある状態をつくりながら、歩こう!
