登山がからだに与える9つの効果がありすぎてヤバイ
①平地運動より強度が格段に高い一歩一歩、地面を踏みしめるようにして進む登山行。速度にして通勤時の半分くらいの亀さんスピードなのに20~30分歩くうち、息は弾み、汗もじわりとかいてくる。 平地でのウォーキングと登山との一番の違いは、その運動強度にある。
平地を歩くときの動きは、基本的に水平方向に体重を移動させるというシンプルなもの。登山となると、それに自分のカラダをより高い位置へと持っていく作業が加わってくる。 物理でいうところの、位置エネルギーの獲得というやつだ。 5cmの高さからコップを床に落としても割れないが、建物の2階から落とせば確実に割れる。2階のコップはそれだけの位置エネルギーを持っているということ。この位置エネルギーは、コップを持ち上げるのに要するエネルギーと等しい。同様に山の高みに自分を持っていくほど、位置エネルギー分の運動量が必要になるというわけだ。
ボルグ指数という自覚的な運動強度の物差しがある。これでいうと、平地を歩くのは「楽」のレベル。登山は「ややきつい」レベルにいとも簡単に到達する。端から見れば、地味にゆっくり歩いているようでいて、登山は相当な運動量を稼いでいるのだ。中高年の愛好者が多いというイメージからか、意外とこのことは知られていない。 でも、一歩山へ入ったそのときから、カラダはトレーニングモードにスイッチされているのだ。
②膨大なエネルギーを消費する、有効な長時間運動
1000mの山を登るのに必要とされるエネルギーは、約800kcal。茶碗1杯のごはんのカロリーを約200kcal程度とすると、4杯分。 ランチでおかわりしたとして、1日分の主食に相当するエネルギー消費量だ。しかもこれ、登りだけの話。下りも加えたら、消費量はさらに上乗せされる。
これを平地で行うとなると、大変な忍耐と根性が必要。速歩レベルのウォーキングを1時間続けるとエネルギー消費量は、体重60kgの男性で約252kcal。ごはんにして1杯強。 かなり頑張って運動したつもりでも、登山には及ばない。
むろん1000mの山を登るには1日がかり。そもそもカラダを動かす時間が単純に違うことがエネルギー消費の差でもある。ただ登山の最大のメリットは、その長時間運動が楽しみそのものであるということ。山に入ったら、やっぱり頂上まで行きたいと思うのが人情。エネルギー消費はいってみれば、おまけ。
③半年以内に筋力・スタミナがつく
20代をピークとして、ヒトのカラダは加齢するごとに、どこもかしこも機能が衰えていく。残酷なようだが、これ自然の摂理。
たとえば、30歳以降は10歳年齢を重ねるごとに、体力は5~10%低下する。40歳を越えると筋肉は年に1%ずつ減っていく。こうなると、昔は楽にこなせていたことが、いちいちシンドくなってくる。 ちなみに、体力の割面は1分間当たりにめいっぱい消費できる酸素の量、最大酸素摂取量が指標となる。
体重70kgの場合、20歳代で3000mlの酸素を消費できるとすると、60歳代ではその半分の1500mlしか消費できなくなる。 こうして酸素を全身に十分供給できなくなると、すぐに息切れを起こし心拍数が跳ね上がる。持久力が保てないので筋肉が使われず、筋力はますます落ちる。これが、いわゆる体力が落ちたという状態。 だがそれも、トレッキングが事態を改善してくれる。
平均年齢65歳の男女に5か月間、登山レベルのややきつい運動指導を行った結果、大腿部の筋力が10%、最大酸素摂取量は18%増加したという報告がある。 これまで4時間かかってやっと登っていたレベルの山に、3時間半で余裕で登れるようになれば、しめたもの。筋力もスタミナもしっかりついてきているということだ。中高年ハイカーにひょいひょい抜かれていくというあなた。もっと山へと向かいましょう。
④休憩時のEPOCで脂肪は燃やされる
週に1度、1時間。登山と同等のややきつい運動を3か月間続けると、体脂肪は劇的に減る。 これは主に、EPOC効果によるものと考えられる。EPOCとは、Excess Postexercise Oxygen Consumptionの略。日本語に訳すと運動後過剰酸素消費量。文字通り、運動後、酸素を介するエネルギー消費が体内で行われる現象のこと。
運動後の疲れた力ラダは何かと忙しい。体内の乳酸を肝臓の糖新生の回路に入れて、枯渇した筋肉中のグリコーゲンを補充する、タンパク質の同化を促して筋肉の損傷を修復する、等々。カラダを通常のモードに戻すために有酸素系のエネルギーがパンパン消費されるのだ。 きつい運動であるほどEPOC効果は高い。登山中はむしろ糖質主体のエネルギーが消費されるが、休憩中の体内では脂肪がせっせと燃やされている。
⑤インナーマッスルがおのずと強化される
岩や石がごろごろ転がっているガレ場では、もう足元から片時も視線が外せない。適度な緊張感が続くのも登山の楽しみではあるけれど、浮き石に乗っちゃった日にはバランスを回復させるのにひと苦労。
こんなとき、おのずとヒトはインナーマッスルを稼働させている。不安定な場所でバランスをとるためには、深層の細かい筋肉を協調させる必要があるからだ。山道を歩くことは、いわばバランスディスクの上を歩いているようなもの。 とくに体幹部の深層筋を機能させ、骨盤にいかにスムーズに体重を乗せられるかが、登山テクの重要なポイント。体重移動したとき、すぐに前足に上体を乗せることができれば、重心のブレが少なく、無駄な体力を使わずにすむ。コアの安定感が危なげない足取りをサポー卜するのだ。 舗装されたアスファルトの上では、サボりまくっていたインナーマッスル。目覚めさせるなら、山へ行くのが一番の近道。
⑥トレッキングポールで全身の筋バランスが整う
トレッキングでは膝の使い方がものをいう。登るときは膝の屈伸パワーを最大限に利用して上へと伸び上がる。下りでは着地時に膝を曲げてクッションの役割をさせて衝撃を逃がすという具合。 膝の屈曲や伸び上がり動作で主に駆使されるのは大腿四頭筋、ハムストリングス、大腎筋、さらに下腿三頭筋など下半身の筋肉。トレッキングを習慣的に行うことで、これらの筋肉は鍛えられ肥大する。肥大といっても、シルエット的には精惇に締まっていくイメージ。
ちなみに、登山で筋肉がより刺激されるのは、登りより下り。登るときは筋肉は収縮しながらパワーを発揮するが、下りでは伸張しながら力を発揮する。後者の方が生物的に不自然な動きなので、筋肉が動きを支持できず損傷されやすい。つまり、それだけ損傷する前より強くなる可能性が高いということ。
とはいえ、下半身だけが鍛えられるというのも、なんだかアンバランスなのでは? ご安心を。上半身もちゃんと鍛えることができる。荷物を背負うことで広背筋や脊柱起立筋が稼働するし、トレッキングポールを持てばその拮抗筋の大胸筋だって駆使される。 たとえば、ポールを手にカラダを動かす棒高跳びやスキー選手のカラダはバランスがよく美しい。運動としてのトレッキングは、彼らのように上下の筋バランスがとれた、カッコいい体型になれるポテンシャルを秘めているのだ。
⑦体内リズムが整い、心身ともに健やかに
普段寝起きが悪い人でも、早朝にベッドから起きて身支度をする。エネルギーを確保するために朝食をしっかり食べる。早々に家を出て太陽の光をたっぷり浴びる。トレッキングに出かける日は、これら3つのプロセスを確実に踏むはずだ。 で、帰ってきたその晩。ほとんどの人はぐっすり熟睡できて、翌朝はスッキリ目覚められるのではなかろうか。このいい感じの睡眠覚醒リズムこそ、体内時計が健全に働いているという証拠。
もともとカラダには地球の自転にうまく適応するよう、体内時計が備わっている。その正体は、時計遺伝子と呼ばれるタンパク遺伝子。これらが刻々と増減を繰り返すことで、ヒトは覚醒と睡眠、活動と休息のリズムを保っているのだ。 ところが、体内時計の設定は実は24時間強。このため、マウスを暗闇の環境に置いておく実験をすると、だんだんリズムが後ろ倒しになってくる。これを体内時計のフリーランという。
ではなぜ、1日24時間周期で生活できるのかというと、ズレた時間を一日一日リセットしているから。最大のリセット因子は、朝の太陽の光と朝食。つまり、山行の日の朝は、リセット因子をばっちりカバーすることができるのだ。 蛍光灯の光、不規則な食事、休日の寝坊。下界の普段の生活環境では体内時計が乱れがち。定期的にトレッキングに出かけ、体内リズムを正しく作動させようではないか。
⑧自己効力感を鍛えて決断力がアップ
パーティーを組むような大掛かりな登山では、すべての行程を3つに分割して考えるのだという。 ひとつは準備、ひとつは登山、残りは帰ってきてからの情報整理。このうち登山の成功不成功を決めるのは、準備というプロセス。
地図を検討してルートを決める。 コースタイムを考える。行き帰りのシミュレーションをする。この自分が主体になって計画を立てるという行為が、とても重要。すべてが成功して帰ってきたとき、えも言われぬ充足感に満たされ、自分に自信がつく。これがいわゆる自己効力感。また、登山中、万が一道に迷ったら、どの道に進むべきか決断力が要求される。脱優柔不断は、普段の仕事の対処力にもつながるはず。
⑨登山は長時間運動の王様
レースが目前に控えている場合は別として、長時間のジョギングやランニングのモチペーションを維持していくのは意外に難しい。 あの手この手で自分に暗示をかけたり、なだめたりすかしたり。
一方、登山に特有なのは、そのモチベーションの高さ。登り始めたら、まずほぼ全員が間違いなく頂上を目指す。上まで行ったらきっといいことが待っていると無条件に思い込む。 さぞいい景色が望め、さぞ空気がおいしく、とびきりの達成感が得られるに違いない、と。荷物を背負ってトータルで5時間も7時間も歩くなどということは、平地ではかなりの苦行。それが山では平気でこなせる。まさに登山は、長時間運動の王様なのだ。
